「今までずっと、仕事も人間関係も上手くいかなくって、
自分が怠けているんじゃないかと思っていました。
でも、そんなとき、発達障害って言葉を初めて見つけたんです。
あ!私のことかも!って思いました。
それで、病院に行って診断を受けて、ほっとしました。
自分がおかしかったんじゃないんだ、すべては発達障害のせいだったんだ……って。」


大人になってから診断を受けて、上の言葉のように、ほっとした当事者の方が多いと聞いています。

私も診断を受けたら、ほっとできるのかな……って、実はずっと期待していたのです。


ほっとするよりも…


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ところが、いざ広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)という診断名をもらったとき、ほっとすることはありませんでした。

むしろ、「これからどうしよう」と思いが、わき上がってきたくらいです。


どうして、ほっとすることができなかったのが、理由は未だによく分かりません。

おそらく理由のひとつとして、目の前の仕事のことしか頭になかったことが考えられます。
コールセンターで働いていたものの、WAIS-Ⅲを受けたときから、耳で聴く情報を処理することや計算することなどが、とことん苦手であることに気づきました。
当時の仕事と、自分の性質が、全く合っていなかったのです。

それなのに、明日も、明後日も、生きていくために、私はヘッドセットを付けて、どんなに辛いときも、笑顔で答えなければなりません。
先が全く見えないことが、(そして、この仕事を続けている限り、苦しいことが分かりきっていることが)、当時はしんどくてたまらなかったのです。


それから、もうひとつの理由としては、生きづらかった原因が分かっただけでは、生きづらさは解消されないから、ということがあります。

原因が分かっただけでは、結果は変わらないのです。
アクションを起こさない限りは。

「これまでどうだったか」ということよりも、「これからどうするか」ということしか考えられないくらい、追いつめられていたんです。



発達障害の診断は、ゴールでなくスタート


発達障害の診断を受けたあと、ほっとするだけではなくて、さまざまな感情が渦巻くのは、ごくごく自然なことだと思います。

もしこのブログをご覧になっている方で、そんな渦中にいる方も、どうか自分自身を大切にしてほしいなと思います。

今まで悩んだ過去や、目の前の現実や、診断名だけが、全てではありません。

世界は想像以上に広いし、自分のなかにもまだまだ可能性は眠っているはずです。


私にとって発達障害の診断は、ゴールでなくて、スタートでした。

診断された日を境に、少しずつ少しずつ、失敗しても構わないという覚悟で、退職と転職に向けて動き出しました。

ほんのささいな失敗で、全てが終わるわけではないのです。

結果はどうであれ、立ち止まったり、動き続けることで、今の自分がいます。



※これで長かった第3章「発達障害の診断」編はおしまいです!
お付き合いくださり、どうもありがとうございます!
第4章、書けるかな……書けるようがんばりますp(^-^)q

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