お医者さんの第一印象は、
「あ、若い」
の一言でした。

私より年上かと思いますが、50代以上には見えません。
わりと丈夫そうな体格の、男性の医師。白衣を着ているものの、どこかビジネスマンを思わせる雰囲気です。

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「どうしましたか?」

きびきびした調子で医師が聞いてきたので、私はとりあえず書きかけの心理検査を見せました。

「ごめんなさい。まだ書き終わっていないんですけど、
どうしたらいいでしょう?」

医師は、未完成の心理検査を眺めて、こう答えました。

「いや、これだけ見ても、あなたがどんな人だからわかるから、
続きは書かなくてもいいですよ」

……へ?

続きは書かなくてもいい?

これだけで分かるなんて、私まだ何も話していないのに、大丈夫?


発達障害じゃない?


私は戸惑いながらも、自分の辿ってきた道について話し出しました。

小さい頃から多動だったこと、大学を卒業してから鬱になったこと、転職ばかりを繰り返してきたこと、そして、今のコールセンターの仕事が自分が合わなくて、発達障害を疑い出したこと、etc…

自分で言うのもなんですが、私はわりと言葉遣いがハキハキしている方です。
コールセンターで働いていることもあって、簡単な話なら、論理立てて説明することができます。

そんな、コールセンター仕込みの話しぶりを、医師はふーんと、聴いていました。聞き流しているとまでは言えませんが、うんうんと頷きながら熱心に聴き入っているという感じでもありません。

最後に、
「アスペルガー症候群かどうか、診断してほしいんです」
と、力を込めて言ったとき、医師はこう答えました。

「でも君は、発達障害じゃないと思うんだ」

「は!?」

「学校の成績はどうだったの?」

「よかったです」

「何年くらい働いているの?」

「今のコールセンターが1年半くらいで、前の職場は5年くらいです」

「学校の成績もよくて、長く勤めているんでしょう?
この心理検査を見る限り、特に強いこだわりがあるようにも見えないもの。
僕は君が、発達障害じゃないと見立てている」

医師の言葉に、まるで冷や水を浴びせられているような気になりました。

「でも、ためしに、知能検査を受けてみる?」

……ためしに?

この言葉が、妙に引っかかりました。
それでも、ためしに何もしなければ、本当に発達障害がないかは分かりません。

私は知能検査の予約を、お願いしました。


今、思えば、私が診断されなかったことで、がっかりしないように、医師は前もって釘を刺していたのかもしれません。医師としては、言葉きつめながらも、思いやりを示したつもりだったのでしょう。

アスペルガー症候群の人のなかには、特別な才能に恵まれている人もいます。そのため、かえってアスペルガー症候群と診断されたがっている人も増えていると聞いています。医師は私のことを、そのうちの一人であると誤解していたふしもあります。

でも、私は、そんな認められたい気持ちがあって、病院に来たのではありません。

当時は、本当に、助けを求めていたのです。

医師であっても、当事者の見た目だけでは、発達障害を見抜けないこと。
初診の問診だけでは、診断できないこと。
身をもって痛感しています。


心理検査の続き


「心理検査の続きは、どうすればいいですか?」

「いや、もう書かなくてもいいけど、どうしても書きたいんだったら、待合室で書いていてもいいよ」

私は医師から、心理検査を返してもらいました。
そして、どこかすっきりしない気持ちを抱えたまま、退室しました。


ソファーにドサっと再び腰を下ろすと、窓からこぼれる日差しが暖かく感じられます。

私は膝の上にボードを乗せて、心理検査の紙を広げました。
まだ文字が埋まっていない( )をひとつひとつ見つめ、どうやって答えようか考えこみました。

きっと、書くことにこだわりが強いから、( )のなかに沢山書いちゃうんだろうな……

すでに回答している行は、びっしり文字がつづられています。
回答によっては、( )から文字がはみ出しているくらいです。
こんな調子で続きを書き続けていれば、あと数十分はかかるでしょう。


私は小さいころから、言葉に対するこだわりがありました。

やわらかな日差しのなか、そんなこだわりの強さについて、思いをめぐらせました。

(次へ続く)

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