私は小学校の低学年まで、めまぐるしく多動な子どもでした。

幼稚園の先生から、母は、
「お子さんは自閉症なんじゃないでしょうか」
と言われていたそうですが、母は否定したそうです。

当時は自閉症という言葉もあまり知られていなかっただろうし、母も私を守りたい気持ちで否定したのでしょう。

小学校は普通学級に進学し、勉強で困った記憶は全くないものの、授業を抜け出していった記憶ならあります。しかも私は、アトピー性皮膚炎がひどく、しょっちゅう身体をかきむしっていたため、輪をかけて落ち着きがありませんでした。

そんな私も、次第に息がつまるほど、じっとするようになりました。
自分がいじめられていることが、いやというほど感じられるようになったからです。

3-2-2


私のための学級会


小学校の先生は、私のためにわざわざ、学級会を開きました。

「あすかちゃんになおしてほしいところ、みんないってごらん」
黒板の前で、先生は言いました。

「じっとしていないところ!」
「からだがかゆそうなところ!」
クラスメートは手を挙げて、次々発言していきました。

先生はその発言を、チョークで黒板に書いていきました。
黒板はだんだんと、白い文字で埋めつくされていきました。

私はその様子を、石のようになって眺めていました。

そのときは感情なんてありませんでした。
もし感情があったなら、それこそ席を立って逃げ出していたでしょう。
でも、そうしたなら、また再び学級会が開かれて、クラスメートから言葉を浴びせられていたに違いありません。


人形事件


さらに、小学校4年生のとき、決定的な事件が起きました。

私が友達の人形を、盗んだというのです。
もちろん、盗んだ記憶は全くありません。

それなのに、うわさはみるみるクラス中に広がって、私はみんなから「どろぼう!」とか「○○ちゃんに人形を返しなさいよ!」となじられるようになりました。

みんながしゃべっていないときも、声はわんわん耳のなかに鳴って、終わることがありませんでした。

私は逃げ場どころか、居場所を完全に失っていました。


母にSOSを出すことは、できませんでした。

いじめられていることを、打ち明けた覚えはありません。
それでも、私が友達付き合いが苦手なことは、さすがに分かっている様子で、

「あすかが悪いのよ」
「あすかがみんなと仲良くすれば」

と、言い続けていました。

母は妹たちの世話に忙しく、私も心配をかけさせたくないという思いもありました。
だんだんと、口をつぐむことが増えていきました。


父にSOSを発することも、できませんでした。

私は小さいころから、父が大好きでした。
悪さをしたときは、怒って怖いところもありましたが、あとは無邪気でほがらかで、一番大きな友達のような存在でもありました。

そんな父にも、だんだんと言えないことが、増えていきました。


あの川に…


やがて夏休みになりました。

学校に行かなくなってホッとしていたのもつかの間、四方八方からなじる声が、なかなか離れていってくれません。


この街の果てには、大きな川が流れていて、夏になると花火大会が盛大に開かれていました。

家族といっしょに、ごつごつした土手の上にレジャーシートを敷いて、大輪の打上花火をあおいでいました。父も、母も、妹も、まばゆい夜空に見入るなか、私だけが透明な膜におおわれていました。


心臓をぶちぬくような花火の轟音も、絶え間なく叩きつける声を、消してはくれません。

光のなきがらは、はらり、はらりと、黒々と流れる川に落ちていきます。


(わたしもいっしょに……)

つま先から、冷たくどろっとした流れにひたして、肩まで深々とつかっていくところを、想像しました。

そのあと、つむじまでもぐっていったら……

そしたら、わたしは……

3-2-3



自殺は(  )…


気がつけば、そこは病院の待合室。

大人になった私は、ずっと鉛筆を握ったまま、考えこんでいました。


「自殺は(   )」


この空欄を、どうやって埋めたらいいか、全く分かりません。
花火大会のときは、からだが凍りついて動かなかったものの、大きな川はその後も、長い間私を呼び続けていました。

しばらく考えこんで。
ふうと息をついて。
こう書きました。


「自殺は(絶対にしてはいけない。友達が自殺しようとしたら、命がけで止める)」


……過去はどうであれ、これが今の私の答えです。

私には、大事な人が自殺してしまったという友達がいます。
彼女が亡くなった人に対する無念さを口にするたび、同じくやりきれない気持ちになります。
その友達の顔が、自然と思い浮かんで、そう答えを書いていました。

そう書いた気持ちは、本能と呼べるようなものです。


「あすかさん」

診療室から私を呼ぶ声がしました。
書きかけの心理検査を持って、私はドアに手をかけました。



(次に続く)

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