あすかです。
前回は、発達障害の人に多い特徴のひとつである、「聴覚過敏」についてお話ししました。

私も耳が聴こえすぎて、困っているひとり。
「聴覚過敏」は24時間営業(!)で、うるさくて寝付けないときもあります。

そこで耳栓をしてみたのですが、問題発生!
耳栓をしないと虫の鳴き声が気になり、耳栓をすると自分の鼓動の音が気になります。
さて、そんな板挟みにあって、私は何を思ったでしょう……


身体に感謝


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 真っ暗闇のなか、布団にくるまって、耳栓をしていると、外界の音がシャットダウンされます。
自分の心臓の音だけが、よく聴こえてくるのです。
これはふだんでは、味わえない感覚です。

ドクッ……ドクッ……

怖いくらい規則正しい心拍音に、久々に耳を澄ましたとき。
「感謝」
の思いが、不思議とわき上がってきました。

だって、私がこうして眠ろうとしているときも、心臓は休まず動いているんだもん。
もしも心臓が止んでしまったら、私は永遠に眠りに落ちることになります。

身体って、すごい。

思わず尊敬してしまいました。

しかも私は一人暮らしです。
このまま眠りに落ちたら、誰にも気づかれることなく、息が止まることもあるんじゃないかと、不意に心配になることもあります。
でも幸い、呼吸も休まず繰り返されています。


発達障害の原因が脳にあるなら、そのことについて落ち込むとき、脳が脳について思いをめぐらせていることになります。
そのことについて、脳は何の文句も言わずに、黙々と考えてくれています。

「もうちょっと、身体が幸せになれるよう、労わってあげられたらいいのに……」

私はそう、思いました。
今までももちろん、がんばって生きてきたけれど、どこか環境とずれてしまって、身体が必死になっていたかもしれません。

たとえば私は、聴覚過敏があるにも関わらず、それに気づかないまま、長年コールセンターで働き続けた過去があります。
私がクレームの電話に、それこそ消え入りたくなったときも、心臓は止まらなかったし、脳も必死になって声を聴き取り、言葉をさがしていました。

「身体、どうもありがとう」

今までずっと、命をつないでいってくれた身体に、感謝の思いでいっぱいになりました。


虫も人も生きている


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それから、秋になって虫が鳴いているのも、元はと言えば「命をつなぐため」なんですよね。
オスがメスを呼ぶために、虫は懸命になって羽を鳴らしています。
そんなことを考えたら、不思議とうるさいと思えません。

アパートの前を騒がしく通る車だって、単なる物体じゃなくて、人が運転しているものです。
その人たちだって、働きに行ったり、生活するために、ハンドルを握っているんだろうと想像すると、流石にうらむことはできません。

私をとりかこむ音って、虫にしても、車にしても、生きるために鳴らされている音が、ほとんどだと思います。
みんなそれぞれの立場で、命がけなんです。


発達障害、聴覚過敏、不眠…そして気づいた大事なこと


ちょっと長くなったので、まとめますね。

発達障害聴覚過敏になって、眠れない夜に気づいたこと。
それは、私が社会人である前に、ひとつのかけがえのない生き物であるということです。

発達障害があると、社会的に適応するのが難しいこともあります。
もしかしたらそのことが原因で、殻に閉じこもることもあるかもしれません。
そんなとき、社会的な立場よりももっと大きな、生物的な立場を忘れてしまっていないかと思うのです。

悩み苦しんでいるときも、心臓は高鳴り、呼吸は繰り返されています。
そしてそれは、他の人たちや、生き物たちも同じなんだ……と思ったとき、騒がしいと感じていた音も、今までとは違って聴こえてくるような気がします。


発達障害は、気の持ちようで解決するようなものではありません。
聴覚過敏の場合も、耳栓をするといった合理的な対策をしたり、疲労を取るといった身体的な対策も必要だと思います。

そうした上で私は、こういった生き物としての視点も、大事にしたいな……と思うのです。


聴覚過敏でお困りのみなさん、いろいろ大変なこともあるかもしれませんが、どうか自分の身体を労わってあげてくださいね。

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